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美空ひばり圧巻! スーパーライブ大全集 美空ひばり

美空ひばり

今年が27回忌となる美空ひばりのアーカイブ集。美空ひばり
「○○周年」など節目節目のリサイタル映像が中心です。

昭和45年に敢行したブラジルサンパウロ公演。
当時33歳日本髪姿の女王は、超満員1万人の日系人に向けて過激フレーズ連発の極道ソング「関東春雨傘」を熱唱します。

サンパウロまでのフライトは片道30時間を要したとの事。
時間=コストと考えれば移動だけの60時間は明らかに持ち出しの域。このほか当時の衛生事情や安全面を鑑みると地球の裏側へ巡業するリスクは計り知れません。

しかしそれでも「待ってるお客さんがいるから」と飛んで行っちゃうのが美空ひばりの真骨頂。
ファンのため、同胞のためなら損得かまわず体を張るその芸人魂こそ、彼女が“女王”と崇められる所以なのでしょう。

昭和51年に中野サンプラザで開催された「芸能生活30周年リサイタル」。
ちょうどこのころ身内の不祥事が続いてた我らが女王は、“正装”とも言えるボーイッシュ袴スタイルでお礼とみそぎの口上をブチ上げます。

それにしても女王の男装は絶品。
同じ昭和51年の聖地・新宿コマ公演では、粋な着流し姿で放送コード度外視の任侠ナンバー「やくざ若衆祭り唄」を貫禄たっぷりに唄い上げました。

絶品といえば、他アーティストの曲をカバーする女王もまた絶品。
昭和55年の新宿コマでは、宇多田ヒカルのお母さん=藤圭子のデビュー曲である「新宿の女」を文句あっか?とひばり節で拝借します。

また、昭和57年中野サンプラザ公演は全曲洋楽カバーで構成する新機軸。
英会話が全くできないはずなのに英詩曲唄ったらネイティブそのまんまだった、という有名な天才伝説を超満員のファンの前で実証しました。

デビュー35周年となる昭和56年。
円熟の44歳で迎えた記念リサイタルの舞台は北の丸日本武道館。ここで女王はセットリスト50曲昼夜2回公演という過酷な鉄人戦に挑みます。

前日にお母さん危篤の報を受けるという極限状態に身を置きながら、集まったファンのために渾身の100曲完走を果たした女王。
武道館のド真ん中に君臨するその姿は圧巻。まさしく絶対女王です。

最強ブルース「悲しい酒」では汗と涙でグシャグシャになりながら7分超の情念パフォーマンスを展開。
そんな名シーン続出だったこの武道館決戦は、ファン/関係者の中で美空ひばり生涯最高のステージとされているそうです。

芸能生活40年目へ到達した昭和61年。
記念リサイタルは中野サンプラザ、このほかTBS「ロッテ歌のアルバム」で“芸能生活40周年記念”と銘打たれたスタジオライブが開催されました。

スタジオを練り歩き、無国籍チューン「お祭りマンボ」をシャウトする女王。
この女王降臨に観覧席のお父つぁんおっ母さん方は笑顔満開で大喜び。「一生モノ」の体験とはこんな事を言うのでしょう。

そしてあまりにも有名な最晩年・昭和63年の東京ドーム公演。
今考えれば本人の体調はもとより、音響/演出などのノウハウがまだ無かったドームで単独ライブを敢行した事こそムチャの極み。
常に「お客さんがいるから」の観点で動く、女王の芸人魂の最終形だったのではないでしょうか。

いわゆる年配層からは今でも絶大な支持を得ている美空ひばり。
子供の頃は古い演歌の人というイメージしかありませんでしたが、歳を取ってから見ると何をやってもカッコいい凄玉ミュージシャンだったのだと気付かされます。
御用マスコミ連中集めて超豪華パーティやって的な「芸能人」としての王道を貫くスタイルもたまらない魅力。
以降、芸能界にこれができる人が出てきていない事も女王の存在が陰らない理由の一つです。

時代が良かったとかではなく、個として持つ圧倒的能力でのし上がったスーパースター。
フォロワーは数多かれど、絶対女王の座が揺らぐ事は未来永劫ないのだろうと思います。

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